キリンの兄弟(14) 白キリン
連続冒険小説(第十四回) 作:入来院重宏
第14章 白キリン
一方、ハリチン共和国にも異変が起きていた。
今日は、クッキーとブラッキーの合宿の最終日。
「ブラッキーさすがに君は飲み込みが早いね。これほどの短時間で「回転式たすき落下制御走法」を自分のものにした者を僕は知らない。そもそもこの走法は首が短い者には必要度が低いけど、身につけるとなると僕のように首の長い者よりもずっと苦労する。結局皆途中で挫折するんだ」
「ありがとうございます。たぶん先輩と一緒に練習しなかったら僕も途中で諦めていたと思います。先輩の型を間近で見ることでとても参考になりました」
「まず動きを視覚的にイメージできるかがポイントだからね。何を習得するについても言えることだけど、見てイメージを頭に叩き込むことはとても重要だ」
「そうですね。「回転式たすき落下制御走法」は実際にやってみると首の回転のコツはリズムでした。7拍子という変拍子で回しますからね。無意識に回すことができるようになるまではやっぱり苦労しました」
「今年のハリチン共和国代表キリン枠はブラッキー、君で決まりだな。まず間違いない。僕としては残念でもあり嬉しくもある」
「代表になれたらもちろん嬉しいですが、もし僕が代表になれたらやっぱりクッキー先輩のおかげです。今日で合宿も終わりですが本当にお世話になりました。ありがとうございました」
「いや君の努力の賜物さ。さて、ひと風呂浴びて「足長」に行こう。ニッキーが待っている」
二人はシャワーを浴び、着替えを済ませると「足長」に向かって歩き始めた。
グラウンドを出てしばらくすると、二人は何者かが自分たちの後をつけていることに気づいた。クッキーとブラッキーは目で合図をすると「足長」の手前の角を左折して後をつけて来る者を待ち伏せした。しばらくすると一人のキリンが二人の目の前に現れた。クッキーほどではないが首が長く、白い毛並みに真っ白なたてがみが印象的でクッキーもブラッキーも初めて見る男だった。
「ずっと尾行していただろう。僕らに何か用かい?」ブラッキーが白いキリンに尋ねた。
「別に君らを尾行していたわけではない。君たち二人に大事な用があってついてきた」白いキリンは落ち着いて答えた。
「尾行していたわけじゃなくてついて来たとはどういうことだ。君の言っていることは矛盾しているぞ」ブラッキーは白いキリンを睨みつけた。
「首長キリン、黒キリン、君たちのことはよく知っている。僕は白キリンだ。国の仕事をしている。立ち話はなんだから「足長」で話そう。君たちも「足長」に行くところだろう」
「君は警察の者か」クッキーが尋ねた。
「違う。警察じゃない。心配しなくてもいい。僕は君たちに大事な話があるんだ」
クッキーとブラッキーは白キリンの顔をしばらく見ていた。
「どうも嘘をついているようにも見えない。ブラッキー、「足長」でこの人の話を聞こうじゃないか」
「はい」
三人は「足長」に向かって歩き始めた。
「白キリン、「足長」にはきっと僕の弟がいるけれど、一緒に君の話を聞いても構わないかい」
「ええ、知っています。二本角の弟さんですよね。一緒に聞いてもらって結構です」
クッキーが「足長」のドアを開けるといつもの席のニッキーが右前足を振った。ニッキーはクッキーとブラッキーの後ろから歩いてくる白キリンの存在に気づき足をそっと下ろした。
3人は席に着くとクッキーがニッキーに白キリンとの経緯を簡単に説明した。飲み物の注文も終わり一息ついたところで白キリンが切り出した。
「君たちコントロール・タワーは知っているね」
「無人司令塔のことですか、東京の?」クッキーが聞き返した。
「そうだ。東京の無人司令塔のことだ。あの巨大施設は何のためにあるか知っているかい」
「あそこが地球をコントロールしていると聞いています」ブラッキーが答えた。
「そうだ。実は1週間前、コントロール・タワーが異星人に占拠された」
「占拠?異星人に?」ブラッキーが叫んだ。
クッキーとニッキーとブラッキーの3人は互いに相手の顔を見た。
しばらくしてブラッキーが口を開いた。
「異星人というのはもしかして元地球人?」
「どうしてそれを知っているんだ」白キリンは驚き尋ねた。
「たまたま最近知り合った人間に人類の歴史について教わったばかりなんです。昔地球を出て行った人間がいると聞いていたので、もしかしたらと思って言っただけです。でも図星だったようですね」
「そう。人間は彼らを異星人と言っているけど、考えようによってはオリジナルの地球人だ」
「それで、彼らはいったいいつ地球に戻って来たのです?」
「僕も詳しいことは聞いていないけど、昨日今日やってきたわけじゃなさそうだ。君たちはどうもいろいろと知っていそうでそれなら話も早い。要点だけ言うと、これから戦争の準備をすることになる」
「人類は戦争を永久に放棄したんじゃなかったの?」ニッキーが白キリンに尋ねた。
「相手が異星人なら当然話は別だよ」白キリンが答えた。
「さっき「考えようによってはオリジナルの地球人」だってあなた言っていたじゃないか」
「ニッキー、白キリンを責めるのはお門違いだ。白キリン、わざわざそれを言うために僕たちの後をつけてきたのか」
「首長キリン、大事な話はこれからだ。現在世界中で戦争の準備が進められている。発表はしていないが当然我がハリチン共和国も粛々と準備を進めている。そこで首長キリン、君に白羽の矢が立った」
「ぼ、僕に白羽の矢!」
「コントロール・タワーの奪還に向けて各国が東京に兵を送る。兵の数は国の規模に応じて数千から数万という単位になる。我が国も小国ながら千人以上派遣することになりそうだ」
「僕も兵に選ばれた。そういうことだね」
「いや首長キリン、話を最後まで聞いてくれ」
「さっきから「首長キリン首長キリン」とおっしゃっていますが、兄はとうの昔に名前を変えました。兄の名前はクッキー、そして僕はニッキー、黒キリンはブラッキー、ここにはいないけど二番目の兄はマッキーです」
「クッキーにニッキーにブラッキー。そういえば斑キリン、おっと失礼マッキーは最近みかけないが」
「花の買い付けにイタリアに行っています」
「いつ帰ってくるのですか?」
「そろそろ帰るはずです」
「・・・うむ・・・ところで話を戻すが、首長キリンじゃなかったクッキーには単なる兵ではなく兵をまとめる役、すなわち隊長になってもらう。兵は動物ごとに分けて編成されるのでキリン隊の隊長ということだ」
「僕が隊長!冗談じゃない、僕に隊長なんか務まるわけない」
「いや、君にしか務まらない。これはすでに決定事項だ。我々は人選には実はかなりの時間をかけている。異星人がコントロール・タワーを占拠したのは1週間前だが、数か月前から地球全権代表団は異性人と秘密裏に交渉を続けていた」
「交渉?」
「そう、地球代表団から異星人が現れたと報告を受けたときに戦争の準備はスタートした。人選は数か月前から始まっていたということだ。そして我々はあらゆるデータを精査した結果、クッキー、君が隊長にふさわしいと判断した。実は念のためここ数週間は日常生活も監視させてもらった」
「僕の行動を監視していたってことか」クッキーは白キリンを睨みつけた。
「それも仕事なんでね」白キリンは表情一つ変えずクッキーの目を見ながら答えた。
しばらく白キリンとクッキーのやりとりを見ていたブラッキーが右前足を上げた。
「すみません。白キリン教えてください。異星人との交渉の具体的な内容は」
「むこうの要求は、地球は自分たちの故郷だから住む権利がある、ようするに地球に住みたいということだ。こっちは、お前たちの祖先は勝手に地球を捨てて出て行った、今さら権利だなんて何をねぼけたこと言っているんだと言ってまったくの平行線だった。ところが異星人の代表の娘が誘拐されて状況が一変した」
「なんでまた誘拐なんて」
「ことの真偽は定かではない。地球側も異星人の娘の誘拐については関知していないと言ってる。それはそうだろう。娘を誘拐なんかして何のメリットがある。そもそも誘拐かどうかもわからない。やつらの狂言でいいがかりかもしれない。だけど、いずれにしても彼らは突然実力行使に出た」
「それがコントロール・タワーの占拠」
「そうだ」
「それにしてもやっかいな事態ですね」
「ブラッキー、コントロール・タワーを占拠されたことがそんなに困ったことなの」ニッキーが尋ねた。
「そりゃあそうさ。コントロール・タワーは言うなれば地球の頭脳だからね。下手に手出しはできないよ」
「ブラッキーはコントロール・タワーの実物を見たことあるの?」
「うん、留学中に見学する機会があってね。巨大な施設だけど人っ子一人いないまったくの無人施設なんだ」
「ふーんそれにしてもお粗末な話だなぁ。地球の頭脳を占拠されるなんて」そう言うとニッキーはジョッキを持ち上げビールをごくごく飲み干した。
「しばらくビールも飲めなくなるかもしれない」白キリンは独り言のように呟いた。
「いやなこというなぁ」
ニッキーの言葉に白キリンは笑ったがその目は笑っていなかった。
「地球は今完全に孤立状態だ。コントロール・タワーの許可が下りない限りどんな船も地球に入ることはできないんだ。この1週間地球に入った船はない」
「そもそも彼ら異星人はいつどうやって地球に潜入したんだ」クッキーが白キリンに尋ねた。
白キリンはコップに注がれた水をしばらく眺めていたが顔を上げて語りだした。
「詳しいことは僕も知らないが、人間と交渉に至るまでには少なくとも数十年という準備期間があったんじゃないかと考えられている。何せ彼らは突然現れたけど、地球の外からやってきたんじゃない。前から地球にいたんだ。たぶん長い時間をかけて少しづつ地球人の中に紛れ込んで潜入してきたんだろう。彼らは地球の現状や歴史、社会のしくみや法律、習慣、言語等々実にいろいろなことを詳しく知っている。長年地球で生活していたとしか考えられないんだ。人間も異星人はいつかはやってくるだろうと考えてそれなりの準備はしていたけど、人間の作ってきたシステムの裏を完璧につかれた形だ。異星人が乗っているとわかっている船は絶対に地球に入ることができない。というより太陽系の中にすら入ることはできない。現在のシステムは異星人を中に入れないことに関してはパーフェクトだけど、それ故に中に入るとお手上げだ。中に入ったときのことは想定していないからね。ましてや突然地球に現れるなんて」
「夢にも思ってなかった」
「うん、これは悪夢だよ。たぶん今頃、異星人の団体様ご一行が地球に向かっているはずだ。だけど地球軍は手も足も出ない。地球そのものが人質に取られているからね。そればかりか地球軍は地球に入ることすらできない。だから僕ら地球の住民が力を合わせて異星人を追い出すしかないんだ」
「もともとコントロール・タワーって無人なんですよね。ということはコントロール・タワーをコントロールしていたのは誰なの?」ニッキーが誰ということなく質問した。
「コントロール・タワーをコントロールしている者はいない。しいて挙げるとすればコントロール・タワー自身だ。白キリンが言うとおり本当にこの1週間一隻の船も入港していないとすると、異星人はコントロール・タワーを操る、ようするにコントロールできるということだよね。ちょっと信じ難いな。事実だとすればこれは驚くべきことだ」ブラッキーが答えた。
白キリンはブラッキーの言葉にうなずくともっと恐ろしいことを告白した。
「それに関してはとんでもないことを聞いた。もし異星人からコントロール・タワーを奪還することができても現在地球にいる地球人にコントロール・タワーを扱える者はいないらしい」
「な、なんと・・・」皆一様に驚いて、それぞれがそれぞれの驚いている顔を見ていた。するとニッキーがぷっと吹き出して笑った。
「呆れてものも言えないよ。白キリン、いったい地球はどうなっちゃうの」
「異星人と戦うと言っても、殺すわけにはいかないということだ」
「とっ捕まえてコントロール・タワーを元に戻させなきゃいけないんだね」
「それにしても・・・」いぶかしげな表情でブラッキーが白キリンに話かけた。
「たしかに地球には既存の軍隊があるわけじゃないし、火星基地や人口惑星から応援も期待できないとはいえ、各国から集まる兵隊は相当な数になりますよね。相手の異星人もそんなに大勢いるんですか?」
「異星人は20人もいない」
「えっ!たったの20人」
「異星人は20人もいないけど彼らの兵隊は何万いや何十万、いやもしかしたら何百万という数かもしれない。とにかく途方もない数の兵隊が彼ら異星人を守っている」
「・・・それはどういうこと?」
「異星人はアンドロイドを操ってるんだ。地球に住むすべてのアンドロイドはコントロール・タワーで管理されている。異星人はそれを逆手にとって世界中のアンドロイドを東京に呼び寄せているんだ。毎日々々それこそ無数のアンドロイドたちがコントロール・タワー周辺に集まってきている。我が国にはもともと人間が少ないからあまり問題になっていないが、世界中で実は今大変な混乱が起きているんだ」
「すると、僕たちはアンドロイドと戦うことになるのか?」クッキーが白キリンに尋ねた。白キリンは一瞬「しまった!」という顔をした。
「本当はここまで詳しく話すつもりはなかったんだ。でも君たちがいろいろなことを知っているからつい調子に乗って話してしまった」
「アンドロイドって、ようするに人間だよね。20人ならいざ知らず、何百万なんて人間とまともに戦って勝てるわけないよ」
「・・・いや、人間相手ならなんとかなるかもしれないが、アンドロイドは不死身のロボットだ・・・」白キリンが独り言のように呟いた。
「不死身のロボット相手に戦うのか!?」
「・・・」
白キリンは困った顔のまま黙ってうつむいてしまった。
「ねぇ白キリン、僕とニッキーとブラッキーは実は人間に本当の人間とアンドロイドの人間がいるということをつい最近知ったんだ。考えてみると不思議だよね、いくらこの国この町に人間が少ないと言っても、全然いないというわけじゃないのに、なぜ今の今まで気がつかなかったんだろう」
「・・・」
「なんだ今度はだんまりを決め込んだか」
「今日は、僕はこれで帰る」白キリンは顔を上げて口を開いた。そして言葉を続けた。
「帰る前にもう一つ。ブラッキー、君にもとても重要な任務がある」
「何ですか?」
「君は僕たちの先祖であるキリンの原種を見たことがあるって言ってたね」
「なぜそれを知ってるんだ。でも白キリン、君の言っていることは正しくない。僕が見たのはキリンの原種ではなく、キリンの原種のはく製だ。でも誰に聞いた?」
「君が人に話しているのを聞いた」
「そうか、さては盗聴してたな。脅迫文を寄こしたのも白キリン、君か?」
「うん、あの手紙は僕の仲間が書いた。君の行動は長いこと僕らの監視下にあったんだ。僕らは君を危険思想の持主と考えていたからね。でも状況は一変した。異星人との戦い、具体的・直接的にはアンドロイドとの戦いだけど、これはどうしても回避したい。そのために君の力を貸してほしい」
「盗聴なんて卑劣なことをしていて、困ったら助けて欲しいとは随分と虫のいい話じゃないか。・・・でもなんだかんだ言っても国の命令だろう、従わざるを得ないじゃないか。原種のはく製がいったいどうかしたのか」ブラッキーは白キリンを睨んだ。
白キリンはブラッキーに睨まれて少し緊張したのか唾をごくりと飲み込んだ。
「異星人対策関係当局は地球に異星人の協力者がいると考えている。彼ら異星人の訪球(※地球にやってくること)に手を貸した地球人や彼らの地球での生活の面倒をみてきた地球人がいると考えている。一週間前に当局が協力者の可能性が高いと思われる者のリストを発表した。発表したと言ってもコントロール・タワーを使って発信ができないので担当官が各国を訪問してリストを手渡ししている。我が国にリストが届いたのは三日前だ。リストに挙げられた者の中には意外にも科学者が数多く含まれている。もっとも地球で生活している特権階級はもともと著名な科学者やその家族が多いからまぁ当然と言えば当然かもしれないけどね。当局が特に怪しいと目をつけている科学者の一人が東京の黒神博士だ。専門は絶滅した動物の再生だ。ブラッキー、君は黒神博士を知っているね。君が原種を見たのは黒神博士の研究所じゃないのか」
「そうだ。黒神博士の研究所だ。黒神博士の研究所にはキリンだけじゃなく、ライオン、象、クマ、猿といった知的動物の原種はほとんど揃っていた」
「君は黒神博士が現在行方不明だということも知っているか」
「いや、僕が博士に会ったのは一年も前のことだ。その後何度か話をすることはあったけど、この数カ月接触はない」
(つづく)
この物語はフィクションです。登場人物や地名等は実在の人物・動物等、実際にある地名等となんら関係ありません。