キリン社会保険労務士事務所 コラム

キリンの兄弟(13) 少女

連続冒険小説(第十三回)  作:入来院重宏

第13章 少女

「ギルバート!」
マッキーは背中に女性が人の名前を呼ぶ声を聞いた。
「ギルバート、あなたギルバートでしょう」
道には他に誰もいないので、どうやら声の主は自分に話しかけているようだった。マッキーは立ち止まり、ゆっくり振りむいた。すると5メートルくらい後方に人間の女の子が自分を見て立っていた。女の子は肩で息をしている。きっと走って追いかけてきたのだろう。何歳くらいだろう、一瞬、マッキーは迷ったけどたぶん15歳くらいだと判断した。女の子は驚くほど美しい顔立ちをしていた。彼女のまっすぐで長い髪は風に揺れてその神秘的な顔立ちをさらに際立たせていた。美しい少女は吸い込まれそうなほど大きく透きとおった瞳でマッキーの顔をじっと見つめていた。
「今、僕を呼んだの?」
「あなたギルバートでしょう?」
「人違いだよ。僕はマッキーさ」
「あなた、私のこと本当に知らないの?あなた本当にギルバートじゃないの?」
「僕は本当にあなたを知らないし、残念ながら僕は本当にギルバートじゃないよ。僕はハリチン共和国で兄弟三人仲良く生花店を経営しているマッキーです。この島にはひまわりの買い付けにきたんだけど、いろんなことがあって今は近所のレヴィの家にお世話になっているんだ」
「ごめんなさい人違いでした。さようなら」
「・・・さようなら」
少女は拍子ぬけするほどあっさり人違いを認めると、180度Uターンしてもと来た道を歩き始めた。
それは、マッキーがシチリア島にやって来てから10日目の朝のことだった。朝市での買出しはマッキーの仕事になっていたので、いつものように美味しそうな野菜や果物をいろいろ買って背中に乗せてレヴィの家に帰る途中の出来事だった。
マッキーは遠ざかる少女の後姿を見ていたけど、しばらくすると少女は霧の中に消えてしまった。
それでもマッキーはしばらくの間、遠くの霧を眺めていた。
マッキーは、思えばあんなに美しい少女に出会ったのは自分の人生で初めての出来事だと今更ながら気がついた。人違いではあったけれど、夢のように美しい少女に声をかけられて「やっぱりシチリア島に来てよかった」としみじみ思った。

マッキーがレヴィの家に戻ったのは7時前だった。
マッキーはキッチンの大テーブルの上に買ってきたばかりの野菜と果物を並べた。ふと気がつくと、いつもならとっくに朝食の支度をしているはずのレヴィの姿が見えなかった。
家の中は今朝マッキーが買い出しに出て行くときのままだった。
マッキーはレヴィがまだ寝ていると思い、彼の部屋のドアをノックしたが返事はなかった。マッキーは不思議に思い、ゆっくりドアを開けて中を覗いてみたが、そこにレヴィはいなかった。
マッキーはもしやと思いおばあさんの部屋をノックしてみた。中からおばあさんの声をしたのでドアを開けてみたが、そこにもレヴィの姿はなかった。
「おばあさん、レヴィは出かけたの?」
「いいや、あの子は私に声をかけずに出かけたりしないよ。家の中をよく探してごらん。狭い家なんだからすぐ見つかるよ。家の中にいなけりゃ庭で花でもいじってるよ」
家の中にも、庭にも、レヴィがいないことはマッキーにはわかっていた。マッキーはキッチンに戻った。
言葉にできない、何かいやな予感がマッキーの背中に走った。

「おばあさん、「急用ができた」っていうレヴィの置手紙がキッチンのテーブルの上にありました」
「ああそうかい。でも変だね、私に黙って出かけるなんてことは今まで一度だってなかったのに」
マッキーはおばあさんを心配させない方がよいと思って嘘をついた。
このとき、マッキーはまさかレヴィがずっと家に帰ってこないなんて夢にも思っていなかった。

レヴィが突然姿を消してからというもの、マッキーはレヴィの代わりにおばあさんの世話や家の中の仕事をこなしながら、ほぼ毎日、野外劇場アッズッロで一人芝居も続けていた。
レヴィが蒸発して7日目の朝、ひまわり農場主のオランウータンのテラタンがヘリコプターでやってきた。
「マッキーおはようさんです。相変わらずレヴィから連絡もなしか?なぁマッキー、あんさん知ってるか?あっちこっちでレヴィみたいな蒸発事件が起きてるんや。どいつもこいつも決まっておじいさんやおばあさんの世話をしている独身の子供や孫なんや。まるで神隠しにでもあったみたいにみんな同時に蒸発しとる。変だと思わないか。これは偶然なんかじゃない。何かあるに違いないで」
「テラタン、その話は本当?もしかしたら、自宅で老人の世話をしている人たちの集会か何かがあるのかもしれないね。レヴィもそれに参加しているのなら安心だけど。それにしても困ったな。そろそろいい加減帰ってきてくれないと。僕もいつまでもここにいるわけにはいかないんだよ。郷里で兄と弟が首を長くして待っているし。もっとも兄の方は生まれつき首が長いけど」
「マッキー、そんなんじゃない。一週間家を留守にする集会なんて聞いたことないで。万一もし集会ならそりゃかえって危険や。それとな、昨日変な噂耳にしたで。この一週間船の出入りが全くないそうなんや」
「この一週間一隻の船も地球にやってきてないってこと?」
「そうや、一隻も入ってきてないし、また地球からも一隻も出てってない」
「そんな馬鹿な!それって宇宙で何かあったってことじゃないか」
「そうや、逆に地球で何かが起きてるのかもしれないんや。もしこの一週間本当に一隻の船の出入りもないとしたら、時期がちょうど重なるし、レヴィたちが一斉に蒸発したのと何か関係があるとは思わないか、マッキー」
「だけど、一週間もの間船の出入りがないのが本当なら、どうしてそんな大事件をニュースで言わないんだろう」
「コントロール・タワーにトラブルが発生したんじゃないかという噂が一番それっぽいんや。修理に人間が駆り出されてるとしたら、レヴィたちの蒸発もそれらしく説明がつく」
「だけどテラタン、コントロール・タワーは東京にあるんだよ。わざわざシチリア島の人間まで駆り出されるとは思えないよ」
「じゃぁいったいレヴィたちはどこにいるんや!」
「ギルバート!」
テラタンの背中越しに突然少女の声が響いた。
マッキーとテラタンが声のする方を見ると、マッキーが1週間前の早朝に出会った少女がこっちを向いていた。
まさかマッキーはまたあの美しい少女に出会えるとは思っていなかったので一瞬非常に驚いたけれど、戸惑う気持ちはこみあげてくる嬉しさに流された。
「やぁおはよう。また会ったね。覚えているかな僕はマッキーでギルバートじゃないよ」
「マッキー?」
「うん、忘れちゃったかな。1週間くらい前、朝早くにやっぱり君にギルバートって声かけられたんだよ」
「・・・そう、あの時の」
「うん、思い出してくれた」
「ええ」
マッキーは、少女の表情から硬さが消えたことに気がついた。

「なんやマッキーの知り合いか」
そう言いつつもテラタンの目は少女の美しい顔に釘づけになっていた。

「マッキーや、外に誰かいるの」家の中からおばさんの声がした。

「ねぇ君、せっかくだからうちに寄っていかないか。お茶を入れるよ」
少女はうなずくとゆっくり歩いてきた。
「どうテラタンも、時間があるなら寄っていかない」
「なんやわいはついでかっ!」
テラタンは、ほっぺたをふくらませて少しふてくされた顔をしたが、両手をぶらぶらさせるしぐさが実は嬉しいということを伝えていた。

近くで見ると、少女はさらに美しかった。吸い込まれそうな大きな瞳はまるで地中海のように青く、長い髪の色は細い金の糸を束ねたようだった。そして肌の色は牛乳のように白かった。

(つづく)

この物語はフィクションです。登場人物や地名等は実在の人物・動物等、実際にある地名等となんら関係ありません。

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