キリンの兄弟(12) 帰り道
連続冒険小説(第十二回) 作:入来院重宏
第12章 帰り道
「ねぇブラッキー、どうして乳豊関にあんな質問したの?」
乳豊の家からの帰り道、ニッキーが尋ねた。
「地球から出て行った白人種の子孫が実はまだ地球にいるってこと?」
「いや、地球に残った人間には異人種間交配と遺伝子操作が徹底されたから、乳豊関の家で見た本に載っていたような白人や黒人や黄色人という原種は今の地球には一人もいない」
「ならどうしてあんなこと聞いたの」
「白人種はいつか必ず戻ってくると言われているんだ。もしかしたら、彼らはとっくに地球に戻っていてひっそりと身を隠しているかもしれないという説もあるんだ」
「ブラッキーは地球から追い出された白人種が実は地球に戻っていて、その一人が乳豊関じゃないかと思ったわけだ」
それまで口数の少なかったクッキーが二人の会話に割って入った。
「はい。僕らの国はもともと人間が極端に少ないから、意外と堂々と暮らしていることもあり得るかなと思ったんです」
「もし白人種が地球に戻ってきたらどうなるのかな。仲良く一緒に暮らすことができるのかな」
「それは無理です。人間からすれば白人種は異星人です。実際に彼らがどこの星で暮らしているのかわからないし、とっくに絶滅しているかもしれませんが。いずれにしても、もし彼ら白人種が地球に戻ってくるようなことがあれば、戦争になります」
「それじゃあもし白人種が戻ってきたら地球はすぐ彼らに占領されちゃうね、戦争するって言ったって地球には武器はないし兵隊もいないんだから」
「クッキー先輩、いざというときのために武器は秘密の場所に隠してあるそうです。兵隊も大勢います」
「そうか武器があるんだ。しっかり備えているんだね。だけど兵隊はどこにいるんだ。どこに隠しているんだ」
「普段は一市民として生活しているんです。いざというときに兵士になって地球を守るんです」
「特権階級と老人と障害者がいざというときに兵士になるの?あっ!そうかアンドロイドが大勢いるね」
「そうです。アンドロイドがいます。でもいざというときに先頭に立って地球を守る役を期待されているのは実は僕たちキリンです。僕らだけでなく象やライオン、クマといった人間に知能を授かった大型動物は皆いざとなったら地球、というより人間を守る兵士にならなければなりません」
「えっ!そんな約束した覚えはない」クッキーが叫んだ。
「そうです。誰も人間とそんな約束はしていません。だけど、そのときが来れば僕らは戦うことになります。僕らはそうプログラムされているのです。象もライオンも動物はそのために知能を与えられたのです」
「ブラッキーは、人間が僕らキリンやゾウや猿等々保護する対象動物に知能を与えたのは、彼らが高い知能のある動物を保護する習性があるからだって言っていたじゃないか。あれは嘘だったのか」
「嘘じゃありません。どっちも人間が言っていることです。本音と建前みたいなものです」
「人間は宇宙を支配するために存在し、僕ら動物は人間を守るために存在しているというわけか。それが人間の本音か」
「クッキー兄さん、僕、乳豊関を見損なっていました」
「うん?」
「乳豊関は友達だと思っていたのに。がっかりしました」
「さっきの乳豊関の話を聞いてニッキーはショックだったろう」そういうとブラッキーは笑った。
「僕らはみんな、みーんな人間の奴隷なんだね。乳豊関はずっと友達みたいな顔してたけど腹の中じゃ僕のことを馬鹿にしていたに違いないや」
「そうかな。僕はそうは思わないよ。僕は乳豊関は正直な人だと思った。僕らのことを馬鹿にしていたり、見下していたらきっとあんな話はしなかったと思う」
「ニッキー、僕もブラッキーの言うとおりだと思う。ニッキーは誰に何を言われても決して帽子を脱ぐことなかったのに、乳豊関の話を聞いていともあっさり脱いだじゃないか。乳豊関はニッキーを騙して帽子を脱がせたの?違うだろう」
ニッキーは乳豊に二本角を褒められたことを思いだした。
「そうだね。僕が間違っていた。乳豊関はやっぱり僕の友達だ。ねぇブラッキー宇宙ってどうなっているの?宇宙はいつ生まれたの?宇宙は永遠になくならないの?宇宙に終わりがあるのなら結局人間は宇宙を支配することなんてできないんじゃないの?」
「ははは、ニッキーもげんきんだね。今度は宇宙か。僕は宇宙に行ったことがないから本に書いてあることしか知らないよ。ニッキー、宇宙には始まりも終わりもないよ。いや本当のところはわからない。だけど、始まりがあるとなると終わりもあることになるから人間は「宇宙には始まりも終わりもない」ということにしたんだ」
「なんだそりゃ?」
「そうだね、なんだそりゃだよ。乳豊関の話を覚えているかい。乳豊関は、いつか宇宙を支配する、そのために人間は何世代、何十世代、何百世代と生き続けなければならない、自分はその途中経過のひとつの世代に過ぎないと悟った人間は、結局今を大切に生きるようになったと言っていたね。これはなぜだと思う?人間は自分の命の本当の重さを知ったんだ。自分の命の重さが自己の存在を遥かに超越することを悟ったんだ。その命は自分一人だけのものじゃない、個人の命一つ一つが実は人類の宝だということを悟ったんだ。自分の命は生命の誕生から何億年と続いてきて、また自分以降宇宙を支配する未来へとずっと長い時間生きていく何億本もの長い長い「命の線」の中の途中の約百年間であることを悟ったんだ。それまで信じられていた天国とか輪廻転生とか非現実的な思想は跡形も無くなった。人間は自分が存在するのは長くて百年程度の限られた時間でしかないと悟ったからこそ、その限られた時間を精一杯生きようと努力するようになったんだ」
「一人ひとりの命には限りがあるなんて当たり前のことだと思うけど」不思議そうな表情でニッキーが呟いた。
「うん。ここでいう「悟った」というのは、全ての人類が同じ認識に立ったということなんだ。さっきも言ったとおり戦前にはいくつもの宗教が聳え立っていた。20世紀を代表する天才の一人であるジョン・レノンは「神は概念であり苦痛の大きさを測る秤である」と指摘していたけれど、これは当時の天国の存在を信じていたキリスト教徒に対する痛烈な皮肉だ。すなわち当時は多くの人々が天国の存在を信じていたんだね。キリスト教に限らず、宗教は長い間「天国」を餌にして信者を増やしてきた。宗教は人々の目を現実からそらす役割を担っていたんだ。現実は直視に耐えない余りにも悲惨な世界だったということだろう。現代の人間の神は太陽だから目に見えて具体的だけど、当時の神は「概念」だから目に見えない。だから世界は「見えない神を信じる者」と「見えないから神を信じない者」の2種類の人間がいたんだ。人間が最後に起こした大戦争はつまるところこの2種類の人間の戦いだった。戦争は地球を壊滅的に破壊した。世界大戦が終結すると、戦後世界の原則は、戦前の過ちを二度と繰り返さないことを基本的な考えとした。それ以前にも世界大戦の後は必ずそういう展開になったけれど、最後の世界大戦の後出現した圧倒的に力のあるリーダーが戦後の世界を作る上での基本的な原則を徹底的に貫徹した。それは、
① 戦争を「絶対悪」だとする明快・普遍・論理的な思想を打ち立てる
② 戦前の宗教は、大きく分けて2種類あり、一つは「戦争を引き起こす原因となった」もの、もう一つは「人類を戦争の悲劇から回避することができなかった」ものであり、どちらも結果的に人類の役に立たたなかったという理由で廃棄する
③ 人類共通の思想・哲学の背骨となる絶対的な存在の神を太陽とし、神こそが唯一絶対的な存在であり、教会・寺院等や聖職者・僧侶等の存在は認めないこと
新しい神を得て人間はやっと「肉体が滅んでも魂は天国に行く」というそれまで何世紀も続いてきた古い宗教と決別することができたんだ」
「ふうん。だけどブラッキー、人間の新しい宗教と「宇宙には始まりも終わりもない」ということとどういう関係があるの?」
「随分話が横道にそれてしまったね。絶対神である太陽の永遠の存在は人間が永久に繁殖し続けることとしているからね。これが理由だよ。ニッキーが言うとおり宇宙に終わりがあったら人間が永久に繁殖し続けることができなくなりそこに矛盾が生じる」
「宇宙があって神があるのではなく、はじめに神の教えがあって宇宙は神の教えに従っているわけだ。これは本末転倒にならないのかな」クッキーが尋ねた。
「神が宇宙を創造したんだから矛盾はしない」
「神が宇宙を創造したのなら宇宙を創造する前があったはずだ。「宇宙には始まりがない」という考えに矛盾しないかな」
「どうどうめぐりだね。卵が先か鶏が先かと同じだよ」
「忘れないうちに乳豊関の話を整理しよう。巨大生命体である太陽は自らの種の保存の目的のために人間を造った。人類の創造主であるという理由で太陽は神である。人間が宇宙に出ていくのは、神である太陽の意思であり、いずれ人間は宇宙全体に生息し永遠に絶えることのない存在になる。宇宙を支配する存在すなわち神そのものになる。それが神である太陽の意思である。遠い遠い未来にいずれ神になるために人類は永遠に日々進歩し続けなければならず、そしてその進歩を促す天才を世に出すために人間は次の世代の人間を生み・次の世代の人間は生まれ続けなければならない。天才の出生を阻害する行為、すなわち殺人はそのために悪であり、戦争はそれを理由として最も忌むべき絶対悪である。そして、僕ら人間以外の生命は、とどのつまりすべからく人間を補佐する存在である。」
(つづく)
この物語はフィクションです。登場人物や地名等は実在の人物・動物等、実際にある地名等となんら関係ありません