キリンの兄弟(10) 一人芝居
連続冒険小説(第十回) 作:入来院重宏
第10章 一人芝居
「おお、あなたが噂の物真似キリンですか。町中あなたの「一人ニュー・シネマ・パラダイス」の話でもちきりですよ」
マッキーは初対面のヒグマにいきなり「物真似キリン」と呼ばれ、内心「失礼な奴だな」と思った。すかさずレヴィが間に入った。
「マッキー、紹介しよう。彼はこの野外劇場の支配人の白靴下赤ヒグマさんだ。白靴下赤ヒグマさん、マッキーは「ニュー・シネマ・パラダイス」のほかにもいくつかレパートリーを持っているんですよ」
「はじめまして、白靴下赤ヒグマさん。「物真似キリン」のマッキーです」マッキーは少し嫌味っぽく挨拶をした。
「こちらこそよろしくお願いします」
野外劇場の支配人の白靴下赤ヒグマは名前のとおり白い右前足を差し出すと、応えるようにマッキーも右前足を出してお互い握手(足)をした。この赤ヒグマの支配人はもともと感性が鈍いのか、マッキーが少しむっとしていることに全く気がつかないようだった。
「ところで「シロクツシタアカヒグマ」とはなんとも呼びづらい名前ですね。僕がよい四股名を考えてあげましょう。」
四股名の提案は今やマッキーの癖になっていた。
「しこなですか?」ヒグマの支配人はいぶかしげな顔をして尋ねた。
「ニックネームのことです。シロアカグマはどうですか」
「シロアカグマですか。確かに短くなりましたが・・・シロアカグマねぇ。どうなんでしょうか」
「気に入りませんか。ではロクタカマはいかがですか」
「ロクタカマッ?!ロクタカマと呼ばれるのですか、私?」
「だめですか。じゃぁこれはどうでしょう、シクアヒマ」
「し、シクアヒマですかっ!」ヒグマの支配人は後ろに倒れそうになるほどのけ反って驚いた。
「マッキーさん四股名はどうしても必要でしょうか。私の慣れ親しんだ名前「シロクツシタアカヒグマ」じゃだめなんでしょうか」ヒグマの支配人はなんだか悲しくなって今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうな目で訴えた。
「うーん、なかなか気に入ってもらえませんねー、困った人だ」
マッキーは口の中で四股名の案をぶつぶつ言いながら考えていた。
「なぁマッキー」レヴィが口を挟んだ。
「支配人じゃだめか」
「支配人?」
「うん、白靴下赤ヒグマさんの四股名は「支配人」じゃだめか」
「そう「支配人」です。皆さん私のこと「支配人」と呼びます。私の四股名は「支配人」がいいです」白靴下赤ヒグマは白い前足で合いの手を打って喜んだ。
「支配人じゃぁまったくそのままじゃないですか。名前と関連はないし」マッキーは思い切り不満そうな顔をした。
「そう言うなマッキー、本人がいいって言ってるんだからそうしよう。なぁ支配人」
「はい、マッキーさん私の四股名は「支配人」でお願いします」
マッキーは渋々承知した。
テラタンのときもそうだったけど結局最後はレヴィの案に落ち着いてしまい、なんだかレヴィに美味しいところを持っていかれてばかりいるような気がしてマッキーは面白くなかった。
「さて、めでたく私の四股名も決まったことですし、マッキー、さっそくですが今晩6時からの回に出演願いたいのですが」
「いいでしょう」マッキーは二つ返事で承諾した。
マッキーは今日から1ヵ月の間、1日に2回一人芝居を演ずることをここシチリア島の野外劇場「アッズッロ」と契約をした。
野外劇場「アッズッロ(「青空」という意味)」は古代ローマの遺跡のコロセウム(円形闘技場)をずーと小さくしたような代物だった。二千人収容できるというから天井の開いたサーカスのテントを想像するとわかり易いかもしれない。
さて、「6時からあの物真似キリンの演技が見られる」という噂はあっという間にシチリア島の隅々にまで広まって、30分前の開場時には直径50メートルの劇場の周りを人の列が4重にも5重にも取り巻いていた。
そして開演の時間、ちょうど真っ赤な太陽が夕焼け雲を道づれに西の海に沈みきった頃、すべての観客が待ち焦がれていた美しい斑模様のキリンが舞台の袖口からすたすたと現れた。ステージの中央には小さなちゃぶ台がひとつ置いてあるのみ。
「カツオあんたの仕業でしょう」
「違うよ、姉さんはいつも僕のせいにする」
「サザエが疑うのは無理もない。カツオ、疑われるのはお前の日頃の行いが悪いからだ」
「そんなぁ、お父さんまで」
観客はてっきり「ニュー・シネマ・パラダイス」が見られるものと思っていたから突然始まった「サザエさん」に皆一様にとまどった。
「カツオ兄ちゃんじゃないでしゅよ」
「あらまぁタラちゃん、もしかして見てたの?」
「はい見てましたでしゅ」
♪ちゃらちゃらりん♪ちゃらちゃらりん♪ちゃらちゃらりんりんりん♪
観客がとまどってもなんでもまったく関係なく、マッキーの演技はますます熱を帯びて、挿入曲まで丁寧に再現しながらマッキーの「一人サザエさん」は第二話へと続いた。
「おいワカメ、絶対に姉さんには内緒だぞ」
「待ってよお兄ちゃん」
「あれ、カツオくんこんな時間にどこに行くんだい」
「あ、マスオ兄さん、ちょっと駅までお父さんを迎えにね」
一話あたりの時間は10分にも満たない単純なストーリーだが、マッキーは立て続けに繰り出して観客を圧倒した。磯野家をはじめとする登場人物一人ひとりの人物描写や声帯模写を完璧に演じ分けるマッキーの演技力に観客の目と耳は釘付けになり、たわいのない話の中で笑うべき箇所では大いに笑い、感動すべき場面ではハンカチを涙で濡らしてきっちり1時間で終了した。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ・・・
いつまでもアンコールの拍手は鳴り止まなかったけどマッキーはステージを降りるとさっさとレヴィと裏門から帰ってしまっていた。
観客はマッキーが帰ってしまったと聞いてがっかりしたけど、それでも皆大いに満足して帰路に着いたのだった。
マッキーの一人芝居の初日は大成功で幕を閉じた。
(つづく)
この物語はフィクションです。登場人物や地名等は実在の人物・動物等、実際にある地名等となんら関係ありません