キリン社会保険労務士事務所 コラム

キリンの兄弟(9) 伊勢正三

連続冒険小説(第九回)  作:入来院重宏

第9章 伊勢正三

マッキーはというと、憧れの地シチリアで休暇を満喫していた。
この日は、午前中にレヴィからひまわり農家のテラタンを紹介された。
さっそく3人はテラタンの栽培するひまわりを見に行くことになった。

ぱらぱらぱらぱらぱらぱら・・・・・
まず、テラタンのヘリコプターに乗って上空から広大なひまわり畑を見ることに。
しばらくすると遠くの緑色がみるみる近づいてきた。

「ほうら、見えてきたで。なかなか壮大な眺めでっしゃろ。オラのとこの畑は月からでも確認できるんや。東京ドーム何個分とかのレベルじゃないんやで。あとで降りて見てもらうけど、うちのひまわりは無農薬有機栽培だからたくさん虫がついているんや」
「む、虫ですかっ!」マッキーが驚いて叫んだ。
「そうや、あんさんとこはひまわりを観賞用に欲しいそうやけど、うちのひまわりは食用やからね。虫がたくさんつくのは美味しい証拠や。うちのが食用ひまわりの市場シェアの6割を占めてるんやで」
「ひまわりって食べることできるんですか」
「マッキー、今朝俺の料理食べたろう。ひまわりの煮付け覚えてないか」後ろの席からレヴィの声がした。

マッキーは今朝テーブルにあったいろいろな料理を思い出した。
「ああ、初めて見る料理①のことだね。見たことのない軟らかい野菜が入っていて少し酸っぱい匂いがした、あれだね」
「うん、美味かったろー」
「・・・いや、食べてないんだ」
マッキーはレヴィに申し訳なくて、実はホウレンソウしか食べてないと言えなかった。

「なんだ、そうか」レヴィの声はがっかりしていた。
「帰ったら食べてごらん。なかなかいけるよ」
「うん」

それにしても、前後左右東西南北あたり一面見るものすべてがひまわりという世界にマッキーはただただひたすら驚き感心していたが、ふと我に返って心配になった。
「とりあえず、今年は初めてなのでコンテナ1台分くらい買い付けるつもりだったんだけど、このスケールを見たら・・・」
「おう、構わないで。コンテナ1台でもなんでも。うちはキロ売りもしてるんや。サルヴァトーレなんて「500グラムくれ」なんて買うていくんや。ぐふぃふぃーふぃふぃ」
テラタンは下品な声をあげて大笑いした。
レヴィも照れ笑いをした。

「そう。それを聞いて安心しました」
「じゃぁ一度降りて現物を見てもらいまひょ」
マッキー、レヴィ、テラタンの乗るヘリコプターはゆっくり降下していった。

ぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱら・・・・・
3人を乗せたヘリコプターが農園事務所前に着陸した。
マッキーとレヴィは先に降りてテラタンを待った。

♪きみとーあるいたせいしゅんがー♪

空から眺めていたときは気がつかなかったけど、農園では音楽が流れていた。いたるところにスピーカーがあるらしく、あっちからもこっちからもゆらゆら大地を這って音楽が聞こえてきた。その心地よいメロディ・リズム・音質・音量は三半規管を刺激し、目をつぶると1秒も立っていられないような気にさせるほど平衡感覚を狂わした。
マッキーはしばらく耳を澄まして聞いていた。日本語の歌ということだけはその言葉でわかったけど、マッキーには初めて聞く音楽だった。

ヘリコプターのエンジンが止まり、操縦席から降りてきたテラタンにマッキーはさっそく尋ねた。
「初めて聞く歌だけど誰のうた?」
「正やんや」
「しょうやん?」
「そうや、正やんや。伊勢正三いえばわかるか、わからんか。かぐや姫は知ってるか?神田川のかぐや姫や。神田川を歌ったかぐや姫のメンバーだった伊勢正三が正やんや」
「神田川は聞いたことあります。古い歌ですね」
「うん、古い。正やん言うたら大昔の人や。でも古くてもなんでも正やんがいいんや。ひまわりは正やんが好きなんや」
「ひまわりに聞かせてるの」
「当たり前や。ひまわり畑にひまわりの他に何がいる。正やんの歌聞かせるとひまわり喜ぶんや。嘘じゃない、ほんまやで」
「花が音楽聞くのは本当です。うちでも毎日「お花の増産」っていう曲を流しています」
「そうや花は歌が好きなんや。うちとこのひまわりは正やんの歌が大好きなんや。とくにこの時季は正やんの歌がええ。うちは農薬はもちろん化学肥料も一切使わん。使うのは音楽だけや。しかも音楽いうても正やんとJ・Tだけや」
「正やんとJ・Tですか。J・Tってなんですか?」
「J・Tいうたら、ほれ、ジェームス・テーラーや」
「ジェームス・ディーンのことですか?」
「ジェームス・ディーンかどうかはオラも知らんがJ・Tや」
「女性の歌は喜ばないんですか?」
「全然だめやね。だめに決まってる。ひまわりは女だからね。男がいいんや。男の歌が好きなんや。それも優しい声の男の歌が好きなんや。歌の上手い下手じゃない。そりゃ上手いにこしたことはないんだろうけどそうじゃなきゃ正やんが好きという理屈に合わへん。何しろ正やんは特別歌が上手いわけじゃないからね。
優しい男の声、これが一番のポイントなんや。花は正直やで。歌聞けば優しい男かわかるんやね。花も人間や動物と何ら変わらへんのんや。
ほんまげんきんなもんや。モーツァルトとかグリークとかガーシュインとかビートルズとか美空ひばりとかフランク・シナトラとか井上陽水とかとにかく古今東西の名曲いろいろ試してみたけど何を流しても「へっ」てなもんよ。ひまわりは子憎たらしいくらいまったく見向きもしない。それがどうよたまたまなんかの拍子で正やんの「君と歩いた青春」が流れたんや。もうまったくの偶然さ。たまげたね。実にたまげた。
ひまわりというひまわり、大地という大地、大地に流れる風という風がざわざわしだしたよ。大袈裟やないで、目の前の世界が興奮しているって感じや。オラ何事かと思ったね。そしてしばらくするとシーンと静まりかえりよった。ひまわりに近寄ってみてみてびっくりよ。ひまわりがどれもこれもそーと聞き耳立ててるんや。うっとりした顔してね。ううん嘘やないで、オラにはひまわりが何考えてるのか手に取るようにわかるんや。広大な畑一面すべてのひまわりが正やんの歌に聞きほれてたんや。オラは目から鱗の指パッチンさ。
それからというもの正やんみたいに優しい男の歌を集めて片っ端から流したんやね。「青葉城恋歌」とかビージーズの「若葉の頃」とか三橋美智也とかね。でも結局のところ正やん並みに反応したのはジェームス・テーラーだけやった。J・Tね。
これ企業秘密やで。誰にも言うたらあかんよ。オラとこのひまわりが美味しいのは実は正やんとJ・Tの歌をふんだんに聞かせているからなんや。あんたサルヴァトーレの友達やと思って信じてるから教えたんやで。絶対誰にも言うたらあかんよ」

「そりゃぁもう何があっても正やんとJ・Tがひまわりの発育にすこぶる調子がいいなんて決して誰にも言いませんよ」
マッキーはテラタンに誓った。

1曲終わると次の曲が、それが終わればまた次の曲が。農園には休みなく正やんの歌声が流れていた。

♪花びらが散ったあとの、桜がとても冷たくされるように・・・♪
(「ささやかなこの人生」より:詞・曲 伊勢正三)

これから大きな花を咲かせようというひまわりさんたちをまるで弱気にさせるかのような歌が流れているけど、ひまわりさんたちはまるでどこ吹く風で一緒に歌を口ずさむようにのびのびと無邪気にそよ風と戯れていた。

「どうも、ひまわりさんたちは歌詞までは理解できないようですね」
「ぐふぃーふぃふぃ」テラタンは笑った。
「マッキー、ひまわりはちゃーんと歌詞を理解してるんやで。歌詞の上っ面しか聞いてないのはむしろあんたや。ひまわりをなめたらあかんで」

♪風よ季節の訪れを告げたら寂しい人の心に吹け♪
♪そして巡る季節よその愛を拾って終わりのない物語を作れ♪
(「ささやかなこの人生」より:詞・曲 伊勢正三)

「どうや、素敵な歌やろ。ロマンチックやろ。ひまわりはロマンチックな歌が好きなんやで」

マッキーももっといろいろな正やんの歌を聴きたいと思った。
「テラタン、僕も正やんの歌のファンになりそうです」
「そやろ、正やんは最高やで。よっしゃ今回はひまわりコンテナ1台に特別に正やんのベストアルバム1枚お付けしまひょ」
「ほんとですかっ!」
「ああほんまや。そんじゃあさっそくオラの自慢のひまわりをよーく見てもらいまひょ」テラタンはマッキーをひまわり畑へ連れて行くとひまわりを1本引っこ抜いた。
「まだ1メートルちょっとや。あとまだ1メートルは伸びる。ほれ見てみい。こんなにたくさんのアブラムシのつくひまわりは世界中どこ探したってないんやで」
「テラタン、僕はアブラムシを害虫だと思ってました」
「マッキー、あんさんはどうも物事の上っ面だけしか見ない癖があるな。世の中に害虫も益虫もないんやで。ひまわりの師管液を吸う虫がいればその虫を食べる虫もいる、さらにその虫を食べる動物がいればその動物の死骸を栄養にするバクテリアもいる。そしてそのバクテリアから栄養もらうひまわりがいる」
「食物連鎖ですね」
「そうや、世界はそうやって成り立ってるんや。鎖はどこで切ってもこの世界は成り立たなくなるんやで。動物にも植物にもその役割ってもんがちゃんとあるんや。害虫益虫なんていうのは傲慢な人間が考えた言葉や。人間は自分たちだけ一人違う世界に住んでると勘違いしてるけど、人間だってこの世界のほんの一部に過ぎないんやで。あんさんの発想は人間のそれとおんなじや。人間に毒されてるんや。そう自覚しないといけんよ」
「・・・はい、反省します。ですが、はっきり言ってこの「アブラムシ付きひまわり」じゃあうちでは商品になりません」
「そりゃそうや。そんなの百も承知二百も合点や。まぁほっといてもアブラムシはテントウムシがある程度食べてくれるし、収穫後1本1本きれいに洗浄して出荷するから心配いらへんよ」
「なるほどそうですか」
マッキーはとりあえず安心した。
「そういえばレヴィはどこいいるんだろう」

レヴィは事務所前のベンチに座っていたが、そばに寄ってみると右手の人差し指を右の鼻の穴に突っ込んだままぐーぐー寝ていた。
「今朝は僕の料理を作るためにきっといつもより早起きしたから眠いんだろう」
「サルブァトーレはいい奴や。本当に人間には珍しくいい奴や」
マッキーはテラタンの言葉にうなずいた。

♪あなたが船を選んだのは私への思いやりだったのでしょうか♪
♪別れのテープは切れるものだとなぜ気づかなかったのでしょうか♪
(「海岸通」より:詞・曲 伊勢正三)

農園にはちょっぴり寂しいメロディが流れていた。

(つづく)

この物語はフィクションです。登場人物や地名等は実在の人物・動物等、実際にある地名等となんら関係ありません

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