キリンの兄弟(5) 二本角
連続冒険小説(第五回) 作:入来院重宏
第5章 二本角
さて、マッキーとレヴィことサルヴァトーレ・ヴィッツーニは、丘を登ったり降りたり、オリーブ畑を突っ切ったり横切ったり、たっぷり小1時間ほど歩いてレヴィのお家のある小さな村に辿り着いた。マッキーが見上げると夕焼け雲はどこかにいってしまっていて、空にはたくさんの星が瞬いていた。
レヴィの家は建坪20坪くらいの小さな家だった。玄関の横に50センチ四方程度の小さな花壇があり、赤と黄色のチューリップが数本咲いていた。マッキーはそれを見てちょっぴり嬉しくなった。
「おばぁちゃん帰ったよ。今日は友達つれてきたよ」レヴィは玄関を開けるなり大声で叫んだ。
「遅いじゃないかサルヴァトーレ、お腹が空いて死にそうだよ」奥からしわがれた声が聞こえてきた。
「ごめん、おばぁちゃん、すぐ食事の用意をするからね。それまで俺の友達と話でもしていてよ」レヴィは奥のおばあちゃんの部屋を指差しながら、すぐ行っておばぁちゃんに「一人ニュー・シネマ・パラダイス」を見せるようマッキーに言った。
マッキーはうなずくとすたすたと部屋を横切っておばぁちゃんの部屋の前で立ち止まり、ドアをノックした。中から「開いてるよ」という声が聞こえてきた。マッキーはドアを開けて中を覗き込んだ。
「なんだキリンじゃないか!」レヴィのおばぁちゃんは叫んだ。「友達だって言ってらくだを引っ張ってきたり、猿をおぶってきたり、サルヴァトーレ、あんたには人間の友達はいないのかい」
「おい若造、来い」
突然マッキーが演技を始めた。
「俺?」
「なんで石を投げた」
「投石は法律違反?」
「いい度胸だな 貴様」
レヴィのおばぁちゃんはしばらく呆気にとられていたが、その目がみるみる輝き始めた。「ジミーだね。あんた、それジミーの物真似だろ?」
「何しに来やがったんだ」
マッキーはおばぁちゃんの言葉を無視して演技を続けた。
「会える?」
「ケートに?なぜ、何の用がある」
「ただ話しがしたい」
「おおっ!ジミー、私の青春。美しい斑模様のキリンさんよ、もっと続けておくれ」レヴィのおばぁちゃんは興奮のあまり泣きながら叫んだ。
マッキーはたっぷり2時間かけて「エデンの東」を演じきった。
「どうだいおばぁちゃん、俺の友達のマッキーの演技、なかなか素晴らしいだろう」レヴィはまるで自分のことのように誇らしげに自慢した。
「ああ、ああ、素晴らしいったらないよ。長生きはするもんだねサルヴァトーレ。それにしても名演技だよ、キリンの間抜けな顔がジェームス・ディーンに見えちゃうから不思議だよ」
「おばぁちゃんたら、死にそうなくらいお腹が空いていたくせに、俺が腕によりかけて作った明太子スパゲティに箸もつけてないよ。それにしてもマッキー、お前、なんでおばぁちゃんがジェームス・ディーンの大ファンだって知ってるんだ?」
「おばぁちゃんの顔を見たらなんとなく「エデンの東」を演じたくなったんだ。喜んでもらえて僕も嬉しいよ。」
マッキーは『君のおばぁちゃんが小森のおばちゃまにそっくりだったからに決まってるじゃないか』と心の中でつぶやいた。
さて、ニッキーは翌日も乳豊の家にやって来た。
「ごっつぁんでーす」
しばらくすると玄関のドアが開いて乳豊が現れた。彼はギターを抱えていた。
「やぁニッキー時間どおりだね。ちょうど君たち三兄弟の歌ができあがったところさ」そう言うと乳豊はポロンとGのコードを鳴らした。
「どすこい、乳豊関が持つとギターがウクレレに見えてしまいます」あんまり乳豊のギター姿が似合わないものだから、ニッキーは我慢しきれなくって「プー」と吹き出してしまった。
「ニッキー、笑うなんてひどいじゃないか。僕はこう見えても現役引退後は歌手で生きていくつもりなんだよ」
「どすこい、本当ですかっ!まったく乳豊関には会うたびに驚かされます」
「引退が決まった後、両国国技館の土俵で「お別れコンサート」を開くのが僕の夢さ」
「どすこい、乳豊関にはいろんな夢がありますね。だけど、神聖な土俵の上で歌うんですか。そんなことが許されますか」
「歴史は繰り返す。過去にまったく同じ理由で歌うことを反対された若者たちがいた。誰のことかわかるかい、ニッキー」
「?・・・もしかしたら、美空ひばりが紅白歌合戦に出なくなったことと関係ありますか?」ニッキーが尋ねた。
「たぶん関係ない。答えはビートルズ。武道館で初めてコンサートをやったのが彼らなのさ。神聖な武道館でコンサートなんてとんでもないと、保守的な大人たちに猛反対されたんだよ」
「それは知りませんでした」
「20世紀のことだから知らなくて当然。でもね、ビートルズですら、あの偉大なビートルズですら国技館の土俵ライブは実現しなかったんだ」
「!ビートルズの土俵ライブ?」
「ビートルズの果たせなかった夢を実現させる可能性があるのは、この地球上で僕だけなんだ。僕はこれでも現役の力士だからね。角界は身内には甘いんだ」
そう言うと乳豊はポロンとAmのコードを鳴らした。
「おっと、失敬、夢を語るにはちょっと暗いコードだったね。さて、前置きはこれくらいにして、そろそろお待ちかねの「キリン三兄弟のテーマ」、できたてホヤホヤの新曲を披露いたしましょう」乳豊はギターのチューニングを始めた。
ニッキーのいうとおり、身体の大きな乳豊が抱えるとギターはまるでウクレレのように見えるし、そのうえ彼の大きく膨らんだ胸のためギターがとっても弾き難そうに見えた。しかもしかも乳豊の指ときたら本当にコード弾けるのかっていうまるでフランクフルト・ソーセージみたいに太いのにポロンとコードを弾くと不思議なほど濁りのないきれいな音を響かせた。
「大貫妙子風の軽い曲だよ」というと、乳豊は軽く目をつぶり上半身を軽くスウィングさせながら右足でぺたぺたとリズムをとり始めた。そしてEのコードを軽くしゃかしゃか弾き出すと軽やかに歌いだした。
♪キリンさんが満月に吼えるのは
大昔心の優しいキリンさんが♪
♪おーいウサギさん元気かぁなんて
満月に向かって話しかけていた名残だという♪
♪クッキーの首が長いのも月へ月へと首を伸ばしていたからかな
♪キリンさんがお花を好きなのは
大昔恋に目覚めたキリンさんが♪
♪大好きな彼女の気を引くために
毎日いろんなお花をプレゼントした名残だという♪
♪マッキーの斑模様はだから花びらのように美しいのかな
♪キリンさんが兄弟仲良しなのは
大昔迷子になったキリンさんが♪
♪ライオンに襲われそうになったとき
助けにきた兄弟が力を合わせて戦った名残だという♪
♪ニッキーが誰よりも勇ましく見えるのは二本角のおかげかな
時間にして2分足らずと短いけど、リズミカルでやさしいメロディの覚えやすそうな歌だった。
「ニッキーどうだった。曲名は「キリン三兄弟」だ。気に入ってもらえたら嬉しいけど」
「ごっつぁんです乳豊関。メロディもリズムもとてもいいです。歌詞も1番と2番はすこく気に入りました。ただ3番目の歌詞はちょっと・・・僕の二本角は醜いのに」
「ニッキー、君の二本角が醜いなんていったい誰が言ったんだ!」
「みんなそう思ってます」
「どうしてみんながそう思うと思うの。ニッキー帽子を取ってみせて」
ニッキーは右前足をそおっと頭まで伸ばすと恥ずかしそうに少しためらってから帽子を脱いだ。
「ニッキー、どうしていつも帽子なんか被ってるの。どうしてその素敵な二本角を見せて歩かないの。今日から帽子を被るのはやめなよ。女の子にだってずっともてるよ」
「どすこい乳豊関、からかうのはやめてください。子供の頃から皆に笑われていたから僕は自分の二本角が大嫌いなんです」
「ニッキー、きっと本当はみんな君のその二本角が羨ましいんだよ。力士の僕がいうんだから間違いない」
トウモロコシ畑からの帰り道、ニッキーは心の中で何度も乳豊の歌と言葉を思い出していた。
♪ニッキーが誰よりも勇ましく見えるのは二本角のおかげかな♪
「どうしてその素敵な二本角を見せて歩かないの。」
すると、ニッキーは自分の中から元気がモリモリ湧いてくるのを感じ始めていた。
そして夕陽丘を登りきる頃には自分の二本角がもしかしたら本当に勇ましくて素敵なんじゃないかと思えてきた。
ニッキーは帽子を脱ぐと夕陽丘のてっぺんに生えているケヤキの木の枝にひっかけた。
「二本角のキリンさん、いったい帽子をこんなところに引っ掛けてどういうつもりだい」黒カラスがニッキーに尋ねた。
「やぁ黒カラスくんちょうどいいところに来たね。きみにこの帽子をあげるよ。布団にちょうどいいだろう」
「本当かい、ありがとう。それにしても見事な二本角だね。どうしていつも帽子なんか被っていたんだい。もったいない」
「ありがとう黒カラスくん。もう帽子は被らないよ」
ニッキーは黒カラスに別れを告げると足取りも軽やかに夕陽丘を降りていった。
(つづく)
この物語はフィクションです。登場人物や地名等は実在の人物・動物等、実際にある地名等となんら関係ありません。