キリンの兄弟(4) ルーツ
連続冒険小説(第四回) 作:入来院重宏
第4章 ルーツ
「ブラッキー、たすきを渡すタイミングが悪い」
「ブラッキー、レースは駆け引きだ。ここぞという勝負どころまでは我慢して自分のペースを守れ」
黒キリンの悪い噂を心配したクッキーは合宿に彼を誘ってみた。意外にも黒キリンは大喜びでクッキーの誘いに乗ってきた。
二人はもともとクッキー師匠と黒キリン弟子という関係だったが、今や黒キリンは来年開催の駅伝ワールドカップのキリン枠をめぐってクッキーを脅かす存在にまで成長していた。
「さっきからブラッキー、ブラッキーっていったい何のことですか」休憩時間、黒キリンは芝生に腰掛けるとクッキーに尋ねた。
「ブラッキーは君のことに決まってるじゃないか。「黒キリン」なんて名前じゃ時代遅れだし、そもそも言い難いからって、乳豊関が君に四股名をつけてくれたんだ。黒はブラックでブラック・キリンでブラッキーなんだ。素敵な四股名だね。カッコよくて羨ましいよ。僕なんか「クッキー」さ。まるでお菓子みたいでおかしな名前だね。そうオヤジギャグ。わざと笑いはかえって傷つくからやめて。そういうわけで、今日から君はブラッキーだ。僕のことはクッキーと呼んでくれ」
「僕はブラッキーですか。先輩はクッキーですね。了解です」黒キリンはブラッキーという四股名がカッコいいんだかどうだかよくわからなかったけど、師匠の言葉なのでとりあえず了解した。
「クッキー先輩は首が長いからたすきの扱いが大変ですね」
「そうなんだ、首が長いことは駅伝では決定的なデメリットだからね。君の指摘どおり僕にとってたすきの扱いは永遠の課題なんだ。僕の場合、たすきは一度首の下まで落ちると脱ぐのが非常に困難になる。結果、次のランナーに渡すときにじたばたと苦労することになり、大きなタイムロスとなる。そして、結局、僕はたすきを渡すランナーのいない最終ランナーとしてしか使われなくなる。悲しいかな何の工夫もしなかったなら、僕はいつだって最終区間を走るしか能がなかった。
現在、僕が取り入れている首の上の方でたすきをくるくる回し続ける「回転式たすき落下制御走法」は理論的には可能と分かっていたけど、たすきを高速で回し続けながら、長距離を走ることができるようになるまでいったい何年かかったことか」
首の長いキリン・駅伝ランナーの間では今やすっかり定着している、この遠心力を利用した「回転式たすき落下制御走法」を血の滲む長年の練習の末初めて成功させたのがクッキーだった。
「ところでブラッキー、君は就職もせず毎日いったい何をしているんだ。何かよくないことを企んでいるって噂されているぞ」
「変な噂があることは承知しています。僕は毎日本を読んでいます」
「本?」
「はい。僕は今、偉大なキリン作家達の作品を読み耽っています。先輩は『キリンの子はキリンか』を読んだことありますか」
「僕たちキリンのほとんどの種は、実は人間が過去数百年にわたり他の動物と掛け合わせて作り出したいわば人工種であり、原種はもはや地上に存在しないという事実を明らかにしたタテガミキリンの問題作だろ。国内では手に入らないはずだけど」
「さすがクッキー先輩、読んでいらっしゃいましたか」
「うん、あの本は衝撃的だった」
「僕は原種の剥製も見ました」
「原種の剥製!?いったいどこで」
「残念ながらそれは言えません。先輩も知らないほうがいいです。タテガミキリンの書いていることは本当でした。原種はクッキー先輩のように首が恐ろしく長く斑模様でした」
「首が長く斑模様・・・僕に弟のマッキーの斑模様があるようなそんな姿なのか」
「黒くなかったです。期待はしていなかったですが、やっぱり少し残念でした。『キリンは月夜に吼えない』もタテガミキリンの作品ですが、これも先輩読みましたか?」
「いや、その本は知らない」
「原種は満月の夜に吼えることはなかったそうです」
「それは初めて聞いた。満月に吼えなくてキリンと呼べるのか」
「タテガミキリンはキリンが満月に夜に吼えるのは、もともとは宗教的行事だったものが習慣化したものだと推理しています」
「突拍子もない推理だな。そもそも原種が満月の夜に吼えなかったということは事実なの?」
「人間の記録にはないようです。僕もいろいろ調査していますが、他品種の性癖が交配過程ですりこまれたものか、タテガミキリンのいうとおり宗教的行事だったものが習慣化したものか、どちらかだと思います。ただし、「人間の記録に間違いがあって、原種も満月の夜に吼えていた」という説も否定できません。」
「きみは仕事もしないで、毎日そんなことを研究しているのか?」
「ええ、おかしいですか」
「うん、おかしい。仕事もしないでどうやって食べているの?」
「毎日食べるくらいはなんとでもなります。僕はいったい自分が何者なのか知りたいのです」
「・・・まぁ、変なことを企んでいるんじゃないことだけはわかった。君らしいといえば君らしいともいえる。さて、またひとっ走りするとするか」
クッキーとブラッキーは芝生から立ち上がった。
クッキーとブラッキー二人を影からじっと見つめる視線があることを二人はまったく気がつかなかった。
(つづく)
この物語はフィクションです。登場人物や地名等は実在の人物・動物等、実際にある地名等となんら関係ありません。