キリンの兄弟(1) 経営会議
連続冒険小説(第一回) 作:入来院重宏
第1章 経営会議
首の長い長男は皆から「首長(くびなが)キリン」と呼ばれていた。
長男は首の長いのを内心とても誇りに思っていたから友人達から「君はキリンのくせにとても首が長いね」と言われるのがとても嬉しかった。
次男の身体は薄黄色地に茶の斑模様があった。
とても美しい斑模様だったので、やっぱり次男もそれを誇りに思っていた。
「あのキリンの斑模様はなんてきれいなんだろう」と驚く人々の顔を見るのが大好きだったので、次男は知らない町を旅することを趣味にしていた。
次男は「斑(まだら)キリン」と呼ばれていた。
美しい上の二人の兄と違って残念ながら三男には自慢できるものが何もなかった。
三男には美しいものがないばかりか頭のてっぺんに醜い2本の角があったので皆から「二本角(にほんつの)キリン」と呼ばれ笑われていた。
三男は思春期になると、二本の醜い角を隠すためにいつも帽子をかぶるようになっていた。
見た目に違いはあるものの、この三人のキリンの兄弟は大変仲が良いと町では評判だった。
確かに三人の仲は良かったけれど、実は見た目の違いと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に三人の性格は異なっていた。
キリン三兄弟は仕事が終わった後、よく町に飲みに行った。
三人はたいてい「足長(あしなが)」という店で飲んでいた。飲みながらポーカーをすることも多かった。
「足長」の客はほとんどがキリンだった。
店主もキリンだったが、足が細くて長かったので皆から「足長キリン」と呼ばれていた。
店には本当の名前があったらしいけれど、いつからか「足長」と呼ばれるようになっていた。
その日の仕事帰りもキリンの三兄弟は「足長」で飲んでいた。
「今年の夏は絶対にひまわりが当たるよ」斑キリンが切り出した。
「ひまわりは僕も好きだけど、室内に活けるにはちょっと大き過ぎやしないか。努力の甲斐もあって僕らの町も今やちょっとした活花ブームだけど、このブームを一過性のものにしちゃだめだよ。室内で活けるのに向いてる花は他にもあると思うよ」首長キリンは弟の意見を決して頭から否定しない優しい性格の持ち主だ。
「僕もひまわりは面白いと思う。あの大きなひまわりの花を活花にするなんて素敵じゃないか。最近は大きなお家を建てる人も増えてるから意外とこの提案受けるかも知れないよ。やってみる価値あると思うな」二本角キリンはいつもように斑キリンの提案に賛成した。
キリン三兄弟は花屋の共同経営者だった。
首長キリンは長男らしく何をするにも計画的に物事を進めないと気の済まない性格だった。
斑キリンは長男と正反対で思いつきでどんどん行動するタイプだった。
慎重な首長キリンが石橋を叩き終わらないうちにすでに向こう岸に渡りきっているそんなキリンだった。
今のところ斑キリンの思いつきはほとんどうまくいっていた。要するに斑キリンは事業センスがあるキリンだった。
二本角キリンは何をするにも自分の意見のないキリンだった。小さい頃から上二人の兄の後ろをついてまわっていてそのまま今に至ってしまった。何でも二人の兄が上手に処理してくれたし、あえて二本角キリンがしなければいけないことは今の事業においてもなかった。
夏はあまり花が出ない時期だけど、今年の夏は何か新しいことをしかけて売上を伸ばそうと三兄弟はビールを飲みながら話しあっていた。
そのときだった。
ちゃりん
ドアが開いた。
「足長」の客の視線は一斉にドアに向いた。
ドアの向こうには力士が立っていた。
牛乳のように白い肌の力士が一人立っていた。
力士はその裸足の大きな足でぺたぺたと店の中に入ってくると、店内をゆっくり見回した。そしてキリン三兄弟のテーブルに向かって歩いてきた。
足長の客たちが見守る中、力士は三兄弟のテーブルにやってきて立ち止まった。
力士は黙ったまま、呆気に取られて座っているキリンの三兄弟を見下ろした。
「ごっつぁんです」斑キリンが作り笑顔で力士に声をかけた。
「ごっつぁんです」
「ごっつぁんです」
首長キリンと二本角キリンも斑キリンの真似をして作り笑顔で白い歯を目一杯見せながら力士に声をかけた。
力士はキリン三兄弟に対してゆっくり丁寧なお辞儀をすると、椅子に腰掛けた。
「はじめましてちちゆたかといいます」力士が自己紹介を始めた。
「もちろん四股名です。ちちは牛のお乳の乳、もちろんお母さんのお乳でもいいです。お父さんの父のことではありません。ようするに乳のことです。ゆたかは豊になるという豊です。心が豊になるとか一所懸命働いて稼いで豊になるというあの豊です。他に豊は思いつきませんが、かつて一度「浴衣!?父の浴衣か」と聞かれたことがあります。後になって思えばたぶんからかわれていたのでしょう。「乳豊」が「父浴衣」と聞き違えることはちょっと考えられません。くどいようですが、父の浴衣ではありません。乳が豊の乳豊です。そうですご覧のとおり男のくせに乳が張って豊なものですから「乳豊」なんて四股名を頂戴しました。初めのうちは気恥ずかしかったですが今は結構気に入っています。まぁ四股名も慣れれば「住めば都」みたいなものです。稽古はきついですが相撲は好きです。相撲取りですから相撲が嫌いなどと言っていられません。「将来はちゃんこ料理屋になるのが夢ですか」とよく聞かれますが、ちゃんこ料理屋を持ちたくて相撲取りになったわけではありません。夢は精進して大関になることです。横綱はだめです。後がありませんから。おみくじの大吉みたいなものです。後は悪くなるだけですからね。やっぱり大関がいいです。「角番の大関乳豊踏ん張りました。八勝目勝ち越しました」なんてNHKで実況中継されたらそれこそ最高です。故郷の両親兄弟同級生を始めお世話になった方々もきっと喜んでくれるでしょう」乳豊はここで一息つくと額の汗を拭った。
「ちょっと表で気になる話を耳にしたもので」乳豊は脇の下の汗を拭きながら話しを始めた。
「ひまわりはやめたほうがよござんすよ」
「どすこいそれはまたなぜですか。乳豊関」斑キリンが驚いて尋ねた。
「ひまわりは英語でダンデライオン。「ライオンの歯」という意味です。あなたたち草食動物にとってライオンは言うなれば天敵。花は見る者の想像力を喚起します。「床の間に活けたひまわりがライオンを思い起こさせた」などと訴えられるかもしれません」
「どすこいなるほどライオンですか。それは確かにいけませんね。乳豊関」首長キリンが感心して頷いた。
「ところで自分のことばかり話していてあなたたちのことはまだ何も聞いていません」乳豊にそう言われ、キリン兄弟がそれぞれ簡単に自己紹介をした。
「そうですか、ちょっと長くて言い難いですね。僕がニックネームをつけてあげましょう。まぁ四股名みたいなものです」乳豊はそういうと三兄弟一人ひとりにニックネームをつけた。長男の首長キリンはクッキー、次男の斑キリンはマッキー、三男の二本角キリンはニッキー、ようするにそれぞれの名前の最初の文字とキリンのキの字をくっつけたものだった。
「ごっつぁんです」クッキー
「ごっつぁんです」マッキー
「ごっつぁんです」ニッキー
三人はお礼を言ってみたものの、本人たちより名付け親の乳豊の方がそれぞれのニックネームをいたく気に入っていた。
「♪クッキー、マッキー、ニッキー、イエィ♪。そのうち君たちのテーマ曲を作ってあげましょう」
「どすこい。ですが乳豊関、草食動物とか肉食動物とか言いますが、最近では結構曖昧になってきています。たとえば健康に気を使って陸上動物をやめて魚しか食べないライオンだっているんです。ましてや僕らのお客さんにはライオンも結構いるんです」マッキーはひまわりを諦めていなかった。
「マッキー、僕は偶然表で君たちの話を聞いて少し気になったことを言っただけさ。君たちにはおせっかいだったかな。正直言って僕は商売のことはよくわからない。君たち三兄弟のことだからきっとこの難局をうまく乗り切ることと思う。クッキー、マッキー、ニッキー君たちと知り合いになれてよかった。それじゃぁまた会おう」そういうと乳豊はぺたぺたと裸足の足取りも軽く爽やかに去って行った。
乳豊が去って静まり返ったテーブルで「ダンデライオンはたんぽぽのこと。ひまわりはサンフラワーだよ」ニッキーがぽつりと呟いた。
(つづく)
この物語はフィクションです。登場人物や地名等は実在の人物・動物等、実際にある地名等となんら関係ありません。