正しい諺(ことわざ)教室⑥
「諺に正しいとか間違いというのがあるのでしょうか」
なるほど本質を突く質問です。
それはそれとして諺教室は続きます。
クィンシーは挑戦する(間違い)
クィンシー・ジョーンズ(Quincy Jones/1933年イリノイ州シカゴ出身)
1950年代から第一線で活躍を続ける音楽プロデューサー、作曲家
少年時代にシアトルに転居し、そこで盲目の天才ピアニスト、レイ・チャールズと知り合い、彼に楽譜の読み方を教わったという話はあまりに有名。
51年18歳でジャズ・トランペット奏者としてデビュー。ほどなくしてアレンジャーとしての才能を見出され、デューク・エリントン、サラ・ヴォーン、カウント・ベイシーといった大物アーティストを手がける。
57年にパリへ渡り、作曲・音楽理論などを学ぶ。また、ヨーロッパでもビッグバンドを率いて活躍する。
60年代からはプロデューサーとして活躍し、マイルス・デイビスやフランク・シナトラなどのプロデュースを手がける。
69年以後、10年間で10枚のヒット・アルバムを連発。中でも「愛のコリーダ」は、81年度のグラミー賞で12部門ノミネートという快挙を成し遂げた。
マイケル・ジャクソンの「スリラー」をはじめ、数多くの大ヒットを生み出したクィンシーは、今やブラックミュージック界のみならず、アメリカのポピュラー音楽界における巨人である。
トランペット奏者としてだけでは満足せず、アレンジャー、作曲家、プロデューサーと次々に挑戦し成功を続けるその姿は、まるで次々に世界最高峰を制服し続ける偉大な登山家を見ているようである。
「芸を極めんと欲するものは、その地位に安住することなく常に前進・挑戦し続けるものだ」という意味で使われる。
君子は豹変す
が正しい。
徳の高い立派な人は、自分の過ちに気づけば即座に改めるということ。
転じて、人が行動や態度などをがらりと変えることを言う。
カエサルをスラ逃がす(間違い)
ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Julius Caesar/紀元前100年~紀元前44年)
古代ローマ最大の軍人、政治家、文筆家。英語読みはジュリアス・シーザー。
ルキウス・コルネリウス・スラ・フェリクス(Lucius Cornelius Sulla Felix/紀元前138年~紀元前78年)古代ローマの将軍、政治家。単にスラと呼ばれることが多い。スッラとも言う。
スラは数々の戦いに勝利しローマに上ると無期限の独裁官に就任、元老院の権力を強化し、軍制を改める改革を行う。
また、敵対する民衆派の大粛清を行ったが、その処罰者名簿の中に若き日のカエサルの名があった。
スラの側近たちはカエサルがまだ若いから助けるよう要請したがスラは耳を貸さなかった。
スラはカエサルが将来、大政治家になることを見抜いていたのだ。
しかし、結局カエサルは逃亡し処罰を免れた。
スラはカエサルを逃がしてしまったが、後にカエサルが大物となって復活したため「スラだけがカエサルが偉大な人物であることを見抜いていた」とかえってその名声が高まった。
「本物は本物を知る」という意味。
蛙の面に水(かえるのつらにみず)
が正しい。
どんなことをされても、平気でいることのたとえ。
レノン流でよし(間違い)
ジョン・レノン(John Lennon/1940~1980イギリス・リヴァプール出身)
20世紀最高のミュージシャンの一人(歌手、作詞・作曲家、ギタリスト)で、言わずと知れた人類史上最高のロックバンド、ザ・ビートルズ(1962(デビュー)~1970)の中心メンバーであった。
ビートルズ解散後もソロとして活躍し、「イマジン」「ウーマン」などの名曲・ヒット曲を数多く残す。1980年12月8日自宅アパート前で狂信的なファンに射殺された。
ビートルズの初期のヒット曲の多くはジョン・レノンの手によるもので、メロディー、ハーモニー、コード進行等どれをとっても斬新かつ画期的で、それまでのすべてのポップミュージックを過去の遺物にしてしまった。
彼は作曲を独学で学び、かつその技法は独特なもので、それまでのコード進行主体の作曲技法と異なり、メロディーを先に作り、それにコードを乗せていくという手法で作曲していた。
コードも独学で、レノン本人は、「たくさんのコードを発明した」と言っている。
レノン流とは、言葉を変えると「自分流」ということ。「常識に捉われるな」という意味。
暖簾に腕押し
が正しい。
相手がこちらに応ずるような反応がまるでないことのたとえ。手応えも張り合いもないことのたとえ。
毎度のことですが、正しい諺以外は私の創作です。失礼いたしました。
2007.11.17