陽平コラム⑦ サッカー偉人伝.1
日本では終身雇用制度が揺らぎ、キャリアアップやより良い報酬を求めての転職が当たり前のこととなって来ています。
サッカー界でも傾向は同じようです。
チームへの忠誠や愛着よりも、自身のステップアップを望む向きが圧倒的多数を占めています。
選手たちを不義理と責めることは出来ません。
より高いレベルのチームに行き、より良い報酬を受けようとするのは、当然のことです。しかし、そんな中でも生涯1チームに献身を捧げるような選手が好きだなという方、それがパオロ・マルディーニ(イタリア人)です。
若干16歳でのデビューから38歳になる現在までACミラン一筋の彼は、最後のバンディエラ(旗印、象徴)と呼ばれます。
父親は元イタリア代表で、同チームのキャプテンを務めていた有名選手のため、デビューしたころは親の七光りなどと陰口を叩かれましたが、そんな声はあっという間に消し去りました。
そこら辺の2代目とはものが違います。
長い間世界最高の左サイドバックと呼ばれ続け、代表歴も同国最多の126試合です。
現在でも現役ですが、すでにマラドーナやジーコ、ベッケンバウアーなどと同じ伝説の選手の一人です。
ACミランでつける背番号3は永久欠番になることが決まっています。
ディフェンダーの理想像
ボールだけ綺麗に刈り取るスライディング、絶妙のポジショニングとカバーリング、圧倒的な強さの1対1、90分続く運動量、ディフェンダーとは思えないテクニック、冷静な状況判断力、戦術理解度の高さなど長所は数えきれません。
ディフェンダー(というよりサッカー選手)の理想像です。
人格者でもあるマルディーニはあらゆる選手、監督、ファンから尊敬を集めています。
シーズンを振り返るときに慣例のように行われるベストイレブンの発表でもマルディーニは常連です。
ありとあらゆる賛辞の言葉も受けてきました。
「ディフェンスの申し子」、「欠点の無いのが欠点」など、どれも素晴しい賛辞でした。
でも最も印象に残っているのは、ある解説者が言った「ミランの選手は調子に乗ることはありませんよ。マルディーニを見ていますから」の言葉です。
97年からACミランでキャプテンを務めますが(代表では94年から)、前任者がまた偉大な選手だったため、当初はキャプテンシーの不足を指摘されました。
声を張り上げて仲間を鼓舞するタイプでは決してありません。
ただ、どんな時も手を抜かずに黙々と最善のプレーするその姿によって、チームメイトを静かに刺激していました。
クラブではあらゆるタイトルを獲得したマルディーニですが、代表では最後まで無冠でした。
94年のW杯アメリカ大会決勝ではブラジルにPK戦の末敗れ、00年ヨーロッパ選手権の決勝ではフランスにロスタイムに追いつかれ、延長戦で逆転負けしました。
02年の日韓大会を最後に代表から退いたのですが、その次のワールドカップでイタリアが優勝するとは…。
優勝トロフィーを掲げるカンナバーロをどんな気持ちで見ていたのか、本人にしか分かりません。
私はあれがマルディーニだったらなんて、想像してしまいましたが。
世界のトップに立つのは難しいことですが、その立場を維持するのはその比ではないと想像します。
スポーツ選手のピークは3年という定説もあります。
マルディーニを見ていると戦ってきたのは敵チームばかりではないなという気がします。環境にも自分自身にも勝ち続けてきた本当に(本当に)数少ない選手です。