キリンの兄弟(20) トーマス・ジェファーソン
連続冒険小説(第二十回) 作:入来院重宏
第20章 トーマス・ジェファーソン
「お前名前は何ていうの」
「サルヴァトーレ・ヴィッツーニ、友達はレヴィと呼ぶよ。お前の名前は」
「トーマス・ジェファーソンだ。よろしく」
「トーマス・ジェファーソン?聞いたことある名前だ」
「うん、アメリカ合衆国第3代大統領と同じ名前さ。友達は俺をトーマスと呼ぶ」
「大統領と同じ名前か。かっこいいなぁ。俺もエイブラハム・リンカーンに変えようかな」
「あはは、お前は見るからにレヴィだ」
「うん、俺はレヴィでいい。シチリアを8日前に出て東京には昨日着いた。お前はどこから来たんだ」
「アメリカさ。俺も8日前に出て昨日着いた。もっとも命令が出たのが8日前だから、ここにいる連中は皆8日前に故郷を出てるはずさ」
「それでトーマス、戦争になるって本当か」
「わからない。詳しいことを知ってるやつはここにはいそうにない」
「俺たちはいったいどんな相手からコントロールタワーを守れっていうんだ。世界中から仲間が集められているんだ。とんでもない相手のはずだぜ」
「レヴィ、大変なことが起きるのは間違いない。おばあさんの世話放って来いっていうんだからただごとじゃない。俺たちの相手もいずれわかるだろうよ」
「うちのおばあさんはずっと寝たきりなんだ。俺がいなきゃ用を足すこともできない。黙って出てきたから心配してるはずだ。俺は今おばあさんが心配でしょうがない」
「レヴィ、それは俺も同じさ。俺達だけじゃない。ここにいる連中は皆同じさ。俺たちは人間の世話をするために生まれてきたんだ。その俺達に「人間の世話はいいから集まれ」なんて、こんなことは100年に1度あるかないかの大事件だ」
「100年に1度の大事件か。そりゃそうに違いない」
「見ろよレヴィ、また大勢やってきたぞ」
「ああ、ロシアからの集団だな。4、5千人はいそうだね。ところでトーマス、アメリカって言っても上下左右やたら広い国だ。お前さんアメリカのどこから来たんだ」
「ロサンゼルスさ」
「ロスかっ!「映画の都ハリウッド」があったところだね。うちのおばあさん20世紀の映画が大好きでさ、ジェームス・ディーンとマリリン・モンローの墓参りをするのが夢なんだ」
「ジミーの墓は違う。ロスにないよ。たしかインディアナのはずだ。マリリンの墓はロスにあった」
「ジェームス・ディーンの墓はインディアナにあるのか。マリリンの墓があったっていうのはどういうことだ。今はないのか」
「墓はあるけど中身は空っぽさ。200年くらい前に墓の調査をしたら、そこにあるはずの棺がなかった。墓の中に棺が入ってなかったんだ。何者かに盗まれていたんだね。レヴィこれは有名な話だぜ。まぁそこにマリリンは眠っていないにもかかわらず人気の観光名所なんだけどね。だから、墓というよりは墓跡といったほうが正しいね」
「マリリンの墓は墓荒らしにあっていたのか!」
「少なくとも200年前にはマリリンが眠っているはずの棺はなかった。いつ誰に盗まれてどこにあるのか未だにわからない」
「でもトーマス、200年前の棺の調査というのは「一斉火葬処理」のときのことだよな。ということはマリリンの遺体は火葬処理を免れた可能性があるってことか」
「レヴィ、お前のいう通り200年前の一斉火葬処理のとき、マリリンの遺体は灰になっていない。どこかでマリリンのDNAが保存されている可能性もある。それがあればマリリンのコピーを作ることだってできるけど、そんな話はこの200年聞いたことがないから、“マリリンの遺体は消滅して存在しないから永久に発見されることはない”というのが定説さ」
「でも、ということはトーマス、一斉火葬処理は世界中で徹底的に行われたと聞いていたけど、マリリンの例みたいに墓荒らしに盗まれていて火葬処理を免れた遺体がもしかしたら現存するかも知れないんだね」
「そりゃぁ可能性はないこともないけど」
「トーマス、たしか一斉火葬処理は「旧人類再生防止法」を根拠にしていたんだよな」
「うん、当時、旧人類の遺体からDNAを採取して旧人類を再生しようという運動が起こりつつあって、その機会をつぶすのが目的だったんだ」
「地球上の膨大な数の墓をすべて掘り起こして土葬されている遺体はもちろん火葬されている遺灰までも一つ一つ超高熱で焼きつくしたっていうんだからあきれちゃうよ」
「ほんとうによくやったと思う。実に面倒な仕事で人間に頭が下がる。だけど、人間様は実に罰あたりなことをやったものさ。旧人類再生のチャンスを永久に失っただけでなく、紀元前数千年前から保存されていたミイラといった貴重な資料までもすべて灰にしてしまったんだからね」
「うちのおばあさんが大昔の映画が好きだからよくつきあって見たけど、青い目でまっ白い肌をした人間や反対にまっ黒い肌の人間とか、さらにはその中間の色の肌の人間とか旧人類は色々な種類がいて実に魅力的だと思ったけどなぁ」
「レヴィ、旧人類が出ている大昔の映画は何百年間も上映や放映が禁じられていたんだ。皆が見ることができるようになったのは最近なんだぜ」
「悪名高き“焚書坑儒”の現代版だね」
「秦の始皇帝がやったような古い本を焼き捨てたり、科学者を生き埋めにするような野蛮なことはさすがになかったけどね。レヴィのおばあさんは20世紀の映画が大好きらしいけど、大昔の映画や写真、本などが世間に出回り始めてからたぶん100年も経っていない。しかもそれらはほんの一部で、旧人類の作品のほとんどはコントロールタワーに保管されたままだ。しかし、この解禁は結果的に消えかけていた火に油を注ぐことになってしまった。科学者は別として一般人のほとんどは旧人類のことなんて忘れてしまっていたのに作品の解禁で旧人類に興味を持つ人が短時間のうちに爆発的に増加してしまったらね。レヴィのおばあさんもその一人さ」
「確かに旧人類を知らない新人類が突然20世紀の映画を見たんだから、そりゃあ驚いただろうね。いろんな人種がいた旧人類に比べたら新人類は皆同じで面白くないね。人間は何で単一人種化なんて馬鹿なことをしたんだろう」
「レヴィ、人間だってきっとお前と同じことを思ってるさ。生物は弱肉強食の世界の中で進化するもので、これは人間も同じだ。だけど、500年前の大戦争以後、人類は戦争する可能性がほとんどなくなってしまった。戦前は人間の世界も弱肉強食だったけど、最後の戦争が終わった後の人間の世界は、弱肉強食の世界ではなくなったということだ。まぁだからこそあの戦争を「人類最後の戦争」と呼んでいるんだけどね。ところで500年前の当時、全人類が金輪際戦争をしない、弱肉強食の世界から脱皮するということは、もちろん平和な世界の到来を意味するんだけど、その反面、それ以後民族や人種が固定化する、すなわち人類の進化に支障をきたすことを意味していた。ようするに平和が続くと人類全体でみれば生物的に劣化することが避けられないから、劣化防止、進化促進のために異人種のかけ合わせを進めたのさ」
「トーマス、単一人種化は戦争防止の目的で行われたんじゃなかったのか」
「レヴィ、最後の戦争の後、世界は初めて共通の価値観で統一されることになったんだ。ようするに現在の世界の姿だけど、地球全体が多くの民主主義国家からなる連邦国家になったんだね。民主主義国家同士は基本的には戦争をしないものだから、単一人種化は平和目的と言われているけれど、500年前当時平和はすでに担保されていたわけだから、実のところそれはむしろ人類の生物的進化の促進を目的としていたんだ」
「単一人種化は平和の代償ということか」
「そういうことだ」
「しかし、やはりわからない」
「なんだレヴィ、何を悩んでる」
「基本的なことがわからない。そもそも人間は異人種交配をすると進化するものなのか。それに」
「それに、何だ」
「それに、なぁトーマス、人類の進化は異人種同士の交配による混血化の結果ではなく、それこそお前の言う弱肉強食による優性種族の拡大化の結果なんじゃないか」
「人類の長い歴史のなかでは、戦いに負けて地球上から抹殺された人種もあるだろうし、勝者が敗者を奴隷にする中で異人種交配が進んだということもあっただろう。むしろ弱肉強食と異人種交配は切っても切り離せないんだ。混血化は人類の進化の過程そのものだろう。ただそれとは別に全人類単一人種政策は、当時の指導者がそれを決定し実行するだけの強大な力を持っていたということだ」
「人類の王」
「そう、連邦国初代大統領のダニエル・ウーが偉大だったのさ。彼は父親がアフリカ系黒人種とアジア系黄色人種の混血で母親もやっぱり白人種と黒人種の混血で、すべての人種の血が流れていると言われていたし自分でもそれを強烈に誇りにしていたんだ」
「うん、なにしろダニエル・ウーは神のごとく完璧な人間だったんだろ」
「彼は自分が誰よりも秀でた存在であることを自覚していたし、それは自分にあらゆる人種の血が流れているからだと信じていたんだ」
「ダニエル・ウーは“混血王”だったんだね」
「地球を支配した“混血王”ダニエル・ウーは、人類こそ全宇宙を支配すべく創造された存在であると説いたんだ。ウーの宗教はそれまでの宗教とは根本的に異なった理論構成になっていて、人類は太陽の子である。すなわち太陽は人類の創造主(神)である。太陽は巨大な生命体でありその本能は永遠に生き続けることである。太陽は自らの生命に限りがあるため自らの永遠の生命を人類に託した。人類は永遠に生き続ける存在となるため地球を飛び出し太陽系を飛び出し銀河系を飛び出しいずれ宇宙全体を支配する存在になる。人類とは遠い遠い将来宇宙を支配する神に到達する尊い存在であり、そしてそれは人類の創造主である太陽の意志であるというものだった」
「トーマス、お前はどうか知らないが、俺が人間で、しかも500年前の偉大なダニエル・ウーと同時代の人間で、彼に目の前でそんなこと言われたら、たぶん間違いなく舞い上がっちゃったと思う」
「うん、みんな舞い上がってしまったんだ、ほんの一部の人間を除いてね。ダニエルは宇宙の支配という究極の目標のため人類は絶えることなく進化し続けなければならないとして、全人類の混血化すなわち全人類の単一人種化を推し進めたんだ」
「どうしても混血化に堪えられない一部がしかたなく地球を捨てたんだね」
「うん、ところでレヴィ、いったい俺たちは何でこんな話をしているんだっけ」
「なんでって、トーマス、そりゃ暇だからに決まってるだろう」
(つづく)
この物語はフィクションです。登場人物や地名等は実在の人物・動物等、実際にある地名等となんら関係ありません。